menu

第38回企画展 富士の画家・龍駿介展 好評開催中!(3月29日まで)

龍駿介(1889-1988)は福岡県に生まれた洋画家です。

日本を象徴する霊峰・富士山の神秘的で美しい景観を独自の視点で描き続け「富士の画家」として一世を風靡しました。

今回の企画展では約50点の作品などを一挙大公開して皆さんのご来館をお待ちしています。あなたのお気に入りの富士山を見つけてみませんか。

〇龍駿介の作品は数多くの愛好家・企業・官公庁に所蔵されるにとどまらず海外の様々な要人に贈呈、献納されてきた歴史があります。日本を象徴する富士山は国内外の人々を魅了し、国際親善にも大いに寄与してきました。

その歴史の一部を紹介します。

【戦前】

大韓帝国最後の皇太子・李垠が「那須風景」を購入

独国アドルフ・ヒトラー総統、伊国ベニート・ムッソリーニ首相へ贈呈

満州国皇帝陛下(映画「ラストエンペラー」で知られる愛新覚羅溥儀)へ献納

汪兆銘中華民国国民政府主席へ贈呈 ほか多数

【戦後】

インドネシア スカルノ大統領へ贈呈

ペルー国 プラド大統領へ贈呈

東京オリンピック招致派遣団がイタリアオリンピック協会会長へ贈呈 ほか多数

 〇龍駿介の主な略歴

明治22年 父、種次郎 母、シカの次男として福岡県に生まれる。本名は龍清六。

明治42年 洋画研究のために上京。

大正 8年 福岡市に転住。「龍駿介後援会」が結成される。

大正10年 再び上京。

昭和 2年 光風会展や白日会展に入選するなど、洋画家としての評価を高める。

      富士山の表現と紹介に生涯を打込む決意をし、以後、富士油絵展を多数開催。

昭和 7年 翌8年まで熊本県天草に滞在。風景画を多数制作。

昭和 9年 満州にわたり、風景画を多数制作。

昭和10年 龍清六から龍駿介に改名。

昭和12年 光風会展に「富士山」が入選。

昭和31年 「龍駿介画伯後援会」が結成される。

昭和63年 永眠

龍駿介の詳しい略歴はこちらをクリック ⇒ 龍駿介略歴

展示風景(企画展入口)

展示風景(ゆかりの部屋)

展示風景(出会いの部屋)

展示作品「大瀬岬の富士 伊豆」

展示作品「霊峰富獄 富士川にて」

ページトップへ